大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)1002号 判決 1972年2月28日
控訴人・附帯被控訴人 伊豫銀行
理由
一 被控訴人名義の本件各記名式定期預金が控訴銀行になされていることは当事者間に争いがない。
被控訴人らは、本件預金債権者は被控訴人らであると主張し、控訴人は預金債権者は山田正光であると主張するので、以下この点について判断する。
二 《証拠》および弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
1 山田正光は司法書士のかたわら京阪神土地株式会社(以下単に京阪神土地という。)の代表取締役として宅地造成、分譲事業の経営に当つていたものであるが、昭和四二年一二月中旬頃控訴銀行の外務係篠原正敏に対し、京阪神土地の事業資金として右会社に対し二億円ないし三億円融資してほしい旨の申し入れをした。これに対し、篠原は右会社および山田の信用状態、経理内容、事業計画等を調査検討したうえ決定するが、それについては控訴銀行に相当額の預金をしてほしいと答えた。そして、控訴銀行は調査、検討の結果同月二三日頃、一応山田個人に対し、二億五〇〇〇万円を融資することを内定し、山田からその裏付預金として山田個人の資金を借入額と同額以上預け入れる旨の念書(乙第一二号証)を徴収した。
2 その後、控訴銀行と山田とは融資条件についてさらに話合つた結果、昭和四三年一月一九日次のような内容の融資契約が成立した。すなわち、
控訴銀行は山田に対し、手形貸付の方法により右同日一億五〇〇〇万円、同年二月一日一億円を弁済期昭和四六年一月末日の約で貸付ける。京阪神土地は山田の保証人となり、神戸市兵庫区鈴蘭台の右会社所有の土地に順位二番の抵当権を設定する。山田は控訴銀行に対し右一億五〇〇〇万円の貸付と同時に山田名義で一五〇〇万円、その三カ月後以降に同じく山田名義で三五〇〇万円の定期預金をするが、右預金は控訴銀行において貸付金の担保とはしない。
3 これより先、山田は控訴銀行に右裏付預金をする必要上、かねて親交のあつた高光俊雄に対し控訴銀行に預金するよう依頼していたところ、高光が被控訴人西野から一〇〇万円、同久保から五〇〇万円、同藤嶋から二五〇万円の合計八五〇万円を預かり、右三名の印鑑を押捺した印鑑届と共に山田方に持参し、右被控訴人名と金額を記載したメモを交付して、控訴銀行へこのように定期預金してほしいと依頼した。
4 控訴銀行は前記2の約旨に基づき右一月一九日山田に対し一億五〇〇〇万円を貸付け、新規に開設した山田名義の当座預金口座に貸付利息三一七万四〇〇〇円を差引いた一億四六八二万六〇〇〇円を入金し、控訴銀行の前記篠原は右当座預金の入金帳および小切手帳を持参して山田方へ赴き、同人にこれを手交したうえ、右約定に基づく山田名義の一五〇〇万円の定期預金をするよう要請した。
5 そこで、山田は篠原に対し「融資の条件であつた一五〇〇万円の定期預金のほか、種々世話になつたことに対する感謝の意味で余分に八五〇万円の定期預金をする。これは自分の預金とは関係がなく、いるときはいつでも引出す。」と申し述べ、融資条件の一五〇〇万円についてはすべて山田名義とし、四五〇万円一口のほか適宜二、三口にわける。右余分の八五〇万円については前記高光から受領したメモ記載のとおり五〇〇万円を被控訴人久保進名義、二五〇万円を同藤嶋明男名義、一〇〇万円を同西野源平名義とする。被控訴人名義および山田名義のうち四五〇万円の分については後日印鑑届を持つて行くから先に預金証書を作成して届けるよう依頼し、前記小切手帳から二三五〇万円の小切手一通を振出し、右メモと共に篠原に手交した。しかし、山田は右八五〇万円の預金が誰の預金であるかについては何も述べず、篠原も特に確かめなかつた。
6 篠原は翌一月二〇日、右小切手により山田名義の当座預金口座から二三五〇万円を出金したうえ、山田名義の定期預金については、山田が指示した四五〇万円について即日同額の定期預金とし、残一〇五〇万円については一旦久保田市郎という架空名義で開設した普通預金口座に入金し、余分になされた八五〇万円については、山田の指示どおり被控訴人名義の各定期預金(本件預金)となし(期間一カ年、利率年五分五厘)、山田名義の四五〇万円、被控訴人名義の三通計四通の各定期預金証書を山田に交付し、山田はうち被控訴人名義の三通(本件預金証書)を高光に、高光はこれをそれぞれ被控訴人に交付した。なお、久保田市郎名義の口座に入金した一〇五〇万円は、同月二二日山田名義で三〇〇万円、二五〇万円、五〇〇万円の三口の定期預金とした。
7 被控訴人らの控訴銀行に対する印鑑届は、その後京阪神土地が倒産し、同年四月五日頃山田が行方不明となつたため結局なされないままとなつた。
以上の事実が認められ、《証拠》中右認定に反する部分はたやすく信用できず、他に右認定に反する証拠はない。
三 以上認定の事実についてみるのに、本件預金は、山田が控訴銀行から融資を受けて入金された山田名義の当座預金口座から、融資の条件であつた定期預金一五〇〇万円を含めた二三五〇万円の小切手一通を振出し控訴銀行に交付することによつてなされたものであるけれども、本件預金がそれぞれ被控訴人らの名義であり、その出捐者が被控訴人らであること、その預金証書を被控訴人らが各自所持していること、山田が本件預金をするに当つては、被控訴人らの預金であるとは明示しなかつたが、今まで世話になつたことに対する感謝の意味で、融資条件の一五〇〇万円の定期預金とは別にするものであり、自分の預金とは関係なく、必要な場合はいつでも引出す旨を特に断り、名義も被控訴人名を特定していること、その日融資条件として山田がなすべき定期預金の額は五〇〇〇万円のうちの一五〇〇万円であつて、残額三五〇〇万円は三カ月後以降に預金すれば足り、その日一五〇〇万円以上の預金をする必要は毫もなくまた控訴銀行においても、融資条件の一五〇〇万円の定期預金については山田名義とすることを要請したが、八五〇万円については山田以外の名義であることに何等の異議を唱えなかつたことを総合すれば、本件預金債権者は各名義人である被控訴人らであつて、山田ではないと認めるのが相当である。
控訴人は、本件預金は融資の一条件としてなされたもので、控訴銀行が山田の架空名義の預金と解したのも無理からぬ事情があつたものであり、預金者を決定するには主として外形的、主観的立場からなすべきものであると主張するが、本件預金が融資の条件としての定期預金とは全く関係のないものであることは叙上認定のとおりであり、また右認定の事実によれば、山田が本件預金は自己の預金であることを明示したとはいえないのは勿論、山田名義の口座から小切手を切つたものではあるが、同時に八五〇万円は自分の預金とは関係がないと断つているのであるから、山田の右小切手振出の所為をもつて自己の預金であることを示す行為をしたものと認めることも困難であつて、本件預金が山田の預金であることの黙示の意思表示があつたとみることもできない。したがつて、控訴銀行が、叙上認定のような山田の所為をもつて山田が架空名義で預金をするものであると解したとしても、右はその旨山田に確認したものでない以上、控訴銀行の一方的、主観的な認識、判断にすぎないものといわなければならない。この点に関する控訴人の主張は理由がない。
四 そうだとすれば、控訴人において他に主張立証のない本件においては、控訴人は被控訴人西野に対し一〇〇万円、同久保に対し五〇〇万円、同藤嶋に対し二五〇万円および右各金員に対する預け入れの日の翌日である昭和四三年一月二一日から満期日の昭和四四年一月二〇日まで年五分五厘の割合による約定利息を支払う義務のあることは明らかである。
被控訴人らは、満期日の翌日である右一月二一日から完済まで同じ割合による遅延損害金の支払を求めるが、定期預金はその性質上取立債務であるから、預金者の支払請求がない限り満期日を徒過しただけでは履行遅滞とはならないところ、証拠によるも、被控訴人らが満期日に本件定期預金証書を控訴銀行に呈示してその払戻を請求した事実は認められず、被控訴人らが本訴においてその支払を請求した昭和四六年一月二二日の附帯控訴状の送達(被控訴人らが控訴人に対し本件定期預金額および利息、遅延損害金の支払を求める附帯控訴状が、昭和四六年一月二二日控訴代理人に到達した事実は記録上明らかである。)をもつて遅滞に陥つたものといわなければならない。したがつて、本件定期預金額に対する遅延損害金の請求は昭和四六年一月二三日から完済までの分については理由があるが、右一月二二日以前の分については理由がない。
五 よつて、被控訴人の当審における請求中、本件各定期預金額とこれに対する利息および遅延損害金中昭和四六年一月二三日以降完済までの分の支払を求める部分を正当として認容し、その余を失当として棄却
(裁判官裁判官 石崎甚八 裁判官 上田次郎 弘重一明)